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絵画の起源は身体である [アート論]

絵画の起源は身体である     彦坂尚嘉


「絵画は平面である」という定義の考えが定着しているように思う、

しかしこのような考えは、普遍的なものなのだろうか?
この考えの系譜をたどり、その内容を、まじめに疑ってみたい。
そうすることで、絵画の新しい可能性を切り開きたい。

「絵画は平面である」という主張をした早い例としては、モーリス・ドニの絵画論があります。

「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である以前に、本質的にある秩序で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、思い起こすべきである」(『新伝統主義の定義』1890年)という主張です。この主張が1890年に行われた事は重要です。この年、ゴッホがピストルで自殺しました。つまり、このような絵画=平面。という主張は、実は新しいものであって、近代特有の絵画論であったのです。

次に大きかったのは、クレメント・グリンバーグの絵画論でした。

グリンバーグは、「モダニズムの絵画」という有名な論文の中で、絵画の固有性は、平面性(flatness)にある。このため、モダニズム絵画は平面性を強く指向した、という主張をしたのです。私は、グリンバーグを立教大学大学院の学生に授業で教えましたが、なかなか理解されなかったように実感しました。それはグリンバーグの理論が、冷戦構造の中で書かれていて、しかも前衛というアヴァンギャルドの存在し得た時代固有の時代のものであったからです。つまり今日では冷戦構造は無いし、アヴァンギャルドも衰弱した時代であり、抽象美術そのものが理解されにくい時代なので、なかなかグリンバーグの理論は分かりにくいものになっているのです。ですから「絵画=平面」という主張も、実は古くなっているのですが、このことは不問に付されて、今日でも疑われずに来ているのです。

この「モダニズムの絵画」という文章が日本に翻訳されたのは、私の知る限りでは1960年代末の講談社から出版された『アートナウ』という現代美術の全集本が出て、その最後の巻に美術理論を集めたものがあって、そこに掲載されていたのです。

つまり日本の中で、絵画を平面と呼び始めたのは、かなり遅かったのです。

まず、「彫刻」という言葉に変わって「立体」という言葉が定着するきっかけは、1969年の毎日現代美術展の時の公募規定に「立体B」という言葉が出現した時からでした。この話は最近、美術史年表制作の専門家である中島理寿氏とも話しましたが、同じ意見でありました。つまり先に「立体」という言葉が一般化して、その後、「平面」という言葉も一般化していったのです。

『美術手帖』の特集号では、1978年2月号に『絵画と平面の相克』という特集号がありました。

この題名からも分かるように、実は絵画と平面は、「相克」ととらえられていたのであって、今日のように《絵画=平面》という定義ではなかったのです。

さらに今日の《絵画=平面》という定義を強化したのは村上隆の「スーパーフラット」という主張でした。(村上隆『SUPER FLAT』、マドラ出版、2000年)

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日本の中で、美術についてまじめな議論をするのは、極めてむずかしいものです。

本稿のように、絵画=平面という主張を疑う作業をしようとすれば、なおさらむずかしいことになります。

そのことは知っているので、ここでの議論も、多くの人には相手にされない事は知っていますが、それでも、まじめに、やらなければならない事情があります。

遠回りして、議論をはじめます。

まず、呪術美術というものがあります。さらにはキリスト教美術とか、仏教美術という言葉もあります。イスラム美術という言葉もあります。つまり宗教美術という呼び名はあるのですが、そういう呼び方は、何を意味しているのでしょうか?

「キリスト教美術」といった場合、キリスト教というものと、美術というものは別のものなのですが、二つが接合されています。つまり《美術》というものは宗教ではないのですが、キリスト教にも、仏教にも、イスラム教にも接合して、「キリスト教美術」「仏教美術」「イスラム美術
」を成立させるのです。言い換えると、《美術》というものは宗教ではないゆえに、どの宗派にも接合しうるのです。だから「呪術」に接合すれば「呪術美術」になるのです。

《美術》というものは、何にでも接合するのです。

「純粋美術」という言葉も、「純粋」というものに《美術》が接合していたのであって、純粋な美術があったのではなかったのです。

つまり「純粋」というのは、実は科学の視点であって、蒸留水のようなものを「純粋な水」であるとするような視点と《美術》が結合してできた言葉なのです。

近代になると、それ以前のような宗教権力が力をうしなって、近代科学が主導する時代になります。つまり近代というのは自然科学の時代なのですが、それは宗教美術が衰えて終わって、違う美術が始まった時代なのです。その違う美術がモダンアートとか、モダンペインティングと呼ばれました。これらは科学の時代の美術であったのです。つまり宗教と《美術》が結合する時代がおわって、《美術》が自然科学と結合する時代になったのです。つまりモダンアートとは、科学美術の時代であったのです。



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